この世界には様々な“モノ”が存在していて、それごとに“役割”がある。
例えば、とある木が実を付ければそれを刈り取り、売り買いし、食する者が居る。
実を付ける役、刈る役、売る役、買う役、食べる役。
こんな事を言いだすと何を今更と思うだろう。
当たり前の事だと。
現に今、この話をする役と聞く役もあるのだし、自ら役を選ぶ場合も勝手に割り振られる場合も三者三様だが何をするにも役が割り当てられる。
さて、そんな当たり前の事について少し考えてみてほしい。
“役”に割り当てられた“モノ”の気持ちについて考えるなんて言い出せば不毛も良い所だろうけれど、まぁ、たまにはそういう“役”になってみてほしい。
そうすれば勝手に割り振られるモノの気持ちの一部分でも解るかもしれないから。
日が暮れる頃、武器・鍛冶屋のラビッツでは兄妹で夜の予定を話し合うのが日課で、今日もまた注文品や店で使う素材を採りに行く為にハンターのモニカは身支度を整えながら兄のアルクに確認をしていた。
「お兄ちゃん、新しい素材集めに行ってくるけど、何が欲しい?」
「そうだなぁ、あぁ、マグテインで採れる砥石のストックが切れそう、あと盾にスナイスに居るアイスダイルを使いたいから獲ってきて、魔力は注文には無いから大丈夫だけど、何か良いのがあればソレも」
カウンター周りを箒で掃きながらアルクは不足物を考えたが、今回はそんなに思いつく品は無いらしい。
「りょーかい!盾にアイスダイルかぁ、しっかり防寒して行かなきゃだねっ!毛皮持ってこ~っと!」
「毛皮かぁ、従妹のキャスのが良いんじゃないか?あの子の毛皮が一番暖かいし」
「そうだね!お兄ちゃんのじゃぁ短いしねぇ~」
モニカはにししっと笑いながらからかう様に兄のふわふわの髪の毛をつついたが、兄はどこ吹く風。
にこりと笑いながらモニカの緩く結われている三つ編みを手繰り寄せてまじまじと観察して言い放った。
「モニカは手入れがなってないしなぁ」
「あーっ、アタシはまだこれから頑張るんだからイイのっ!」
長い耳をパタパタさせながらモニカはピョコピョコと跳ねて抗議するが、兄の色眼鏡にはただその様子は可愛らしいだけに映る。
「まぁ、今後に期待してるよ・・・そろそろ行かないと時間無くなるんじゃないか?」
「あっほんとだ、ポータルの時間が・・・あ、お兄ちゃん明日はお店休みでしょ?今晩帰らずにそのままハンティングしてきてもOKだよね?」
「良いけどちゃんと護衛付けるんだよ」
「んふふっダイジョブ!アタシけっこー現地に知り合い多いし今晩の寝床もちゃーんとあるから!」
お兄ちゃんいつも心配性なんだから仕方が無いなぁと言いながらモニカは身支度を整えて扉の前にスタンと立った。
専用の採取用ポーチを腰に提げ、厚手の毛皮のコートと耐熱のローブも忘れず手にしている。
今回は灼熱と極寒という極端な温度差の中のハンティングとあって少し手荷物は多いが仕方が無い。
魔法で防御することは勿論可能だが、それよりも使い慣れた道具の方が何かと身動きが取りやすい事を知っているからこその装備なのだ。
「俺はお前のお兄ちゃんだから、心配くらいさせなさい・・・気を付けて行っておいで」
「はいはーい♪じゃぁ、また明日のお昼にね!お兄ちゃんも作業はほどほどにしてちゃんと寝てよね~?いってきまーっす!」
もうすぐ外は暗闇に支配され、タウンの外には凶暴な魔物が徘徊するというのにモニカは恐れる事無く駆け出して行った。
ハンターである以前に本性が獣である彼女にとって実の所、これからが本当の活動時間なため、昼間よりも活発に動き回れる今からが絶好のハンティングタイムなのだ。
流石に深夜ともなれば一旦休みはするが、それでも普通の人族よりも動けるし、何より闇を恐れずに居られるが故に獲物を得るチャンスも多分にある。
今宵もまた馴染みの護衛役である狐の精霊と共に、月明かりの下で跳び駆け回るのである。
「さてと、モニカも行ったし・・・俺もやるかなぁ」
モニカを見送り、一通り店内の掃除を終えたアルクは自分の作業スペースへと引きこもる事に決め、必要な道具を取り出しつつ奥へと向かった。
向かう先は普段使っている鍛冶場とは別の部屋で、鉄の重い扉を開ければそこは6畳ほどの小部屋だった。
アルクは部屋の壁に立て掛けてある2m程の一枚岩へと近付き、岩の中心へ刻まれた魔法の紋様へと手をかざした。
『― 我が名のもとにその封印を解かれよ―』
アルクが解錠の呪文を唱えると一枚岩の中心へ亀裂が入り部屋中が光に包まれた。
眩しさに瞬きした次の瞬間にはもう光は無く、先ほどの小部屋とは違う空間へと移動していた。
一枚岩に見えた物は別の専用空間へ入る為の扉で、ここには複数の作業台と武器などの素材となるモノがいくつも置かれており、一目で何らかの作業を行う場所であるのが見て取れる。
「何度やってもこの眩しさは慣れない・・・さて、今夜は大きい素材の加工だから・・・頑張らないとなぁ」
アルクはいくつもある檻の中から素材を選び、テーブルへと順に並べていく。
今夜加工する素材はあまり注文する者が居ない為、仕入れる事もそれ自体も珍品とされている特殊なものだった。
「おっと、まだちゃんと生きてるんだね・・・そう動かれちゃぁ加工し損ねちゃう・・・良い道具になるためにもジッとしておいで?」
がたがたとテーブルを揺らす程にその身をくねらす素材はまだ生きている、というより生きながらに加工するからこそ良さが引き立つという代物で、素材の加工作業が非常に複雑でありアルクの様な加工に特化した魔法能力を有していないと扱う事は難しい。
だから下手な加工をする店では注文して手に入れた品が最初からB級品だったという事もよく聞かれる。
今回の顧客はそんな店が多い中、加工が得意であるという噂を聞きつけてやって来たらしく、アルクも期待に応えるべく気合いが入る。
「さて、まずは万年氷の冷気で動きを鈍らせて・・・よし、少し色が薄紫になったら針を刺して、うん、上手く通った・・・暫く点滴で薬液を浸透させると」
素材であるその生き物は専用の薬液を投与され、少し大人しくなったものの手足をばたつかせて拘束具を外して逃げようとする程に活きが良い。
決して拘束具が外れることは無いのだが、しかしこのままでは傷んでしまう。
アルクはマニュアルにある加工方法ではやはりダメだなと溜息をつき、分厚い皮手袋を外した。
「できれば世間の技で腕前を試したかったんだけど・・・せっかくの素材をダメにしてしまうのも本意ではないから、使わせてもらうよ」
素手となったその手先が素材をすっと撫で上げると、不思議と暴れていたそれが落ち着き静かになった。
大人しくなったのを確認し、アルクは手を添えたまま静かに語りかける。
「さぁ、キミに次の道を示そう、今の姿を変える先を選んで・・・」
眠りにつく幼子へ囁くように声をかけ、慈しみ、愛すように静かに、ゆっくりと体温が伝わるように撫でていく。
「そう、じゃぁそうしよう・・・キミに次の役割を、新しい主の為の器に」
嘘のように大人しくなったそれは完全に抵抗を捨て、アルクの指示に従うように一度胎児の様に丸まった後、ゆっくりと変化を始めた。
色を変え、形を変え、別の物へと変わろうとするその様子を見守りながらアルクは褒める様に手を添える。
すると早く決めた形に成りたいと言う様に、小さな子供が褒められたいが故に頑張る様に変化の速度は増した。
「あと少し、そう・・・いい子だね」
アルクが褒めるたびに素材は喜び変化も加速する。
そして、他のまだ触れていない素材も早くその手に触れられたいと大人しく順番を待つようになる。
柔らかい光に包まれながら変化を遂げたそれはもう自ら動くことも叶わぬ物となったが、きっとこの様子を他者が見ていたら“喜んでその身を捧げたのだから本望だろう”と言ってしまいたくなる、そんな光景が広がっていた。
実際にはそれを別の物に創りかえるという傲慢とも言える作業が行われているのだが、あまりにもアルクが大切に扱うためにその現実も歪められて見えてしまう。
彼が今手にしているそれらが“元人間”だと言う事実は変わらないというのに。
この日の昼ごろ、珍しい素材を持ち込みたいというネクロマンサーが店へと現れた。
その素材とはディプレストに生息している珍種の寄生植物に寄生された生物で、生きたまま加工することが条件のために職人は難色を示す代物だった。
まず単純に抵抗されて加工が難しいという事もあるが、大前提として倫理的にどうなのかという事を口に出されるのだそうだ。
一般的に道具として加工される素材は無機物や既に死んだものから作り出すことが多い。
もし生きていても虫や爬虫類や小動物などはまだ罪悪感も少ないし、凶悪な見た目であれば皆ただの素材として認識しやすい。
どの命も平等であるのは確かだが、しかし人の心はそう合理的に扱えるものでは無いのだから仕方ない。
だから、今回の依頼主はアルクしかもう頼める職人は居ないのだと熱心に頼み込んできたのだ。
自然界の概念から離れた人族とは違うアルクなら、これをちゃんと素材として扱えると確信していたのだろう。
「承知しました・・・、ご満足いただける品に仕上げてみせましょう」
「これでキミも満足だろう・・・また人の下で暮せるよ」
結局この夜に加工したのは3体。
1つはネクロマンサーが操る魂の器、1つは寄生初期にだけ効く特効薬、1つは呪の防具。
それぞれ徘徊する苗床から別の役割を得て、また人の手へと渡る事になる。
これを有効活用と思うのか感傷的になるのかも人によって様々だが、アルクに関して言えるのは創りだした者としての愛情がそこにあるという事だ。
「たっだいまー!!」
宣言通りモニカは昼ごろに元気に帰宅してきた。
色々と予定していた素材以外にも収穫があったらしく、どさりと店内に置かれた袋はこんもりと膨らんでいた。
「あぁお帰りモニカ」
カウンターで小刀を磨きながら手を振る兄がニコニコと笑っているのでモニカも釣られて笑みを返した。
「・・・何かお兄ちゃん嬉しそうだねぇ、なになに?そんな満足できる物作れたのー?」
「ん~、まぁ、特殊なものだったからちょっとね」
「そうなんだ?・・・あ、そうそう!今回さちゃんとスナイスで素材獲ってきたんだけどさぁ、びっくりしちゃったんだよ!!」
「?」
モニカは話したいことがあったんだと思いだし、素材袋の中から鳥かごを取り出した。
中にはモニカの拘束魔法で一切抵抗ができないように雁字搦めに縛り上げられた小鳥が入れられている。
「見てよこの子!小さい小鳥だと思うでしょ!!違うの、ディプレストからスナイスまで長距離飛行する小鳥に寄生してるんだよアレが!!まさか森の外でって思うでしょぉ!?アタシびっくりしてとりあえず捕まえてきちゃった!しかもだよ、これ、群れなんだよ!!もぉヤバいよぉ!!他の地域にも行っちゃってるかも!!」
興奮気味に早口で話すモニカに苦笑しつつ、アルクは拘束された小鳥にそっと触れた。
「あ、お兄ちゃん触っちゃうんだぁ~」
「あぁ悪い、誰かに売るものだったか?」
「ん~ん、いや良いんだけど、お兄ちゃんが触るともぉ森に返せないなぁって」
「・・・帰すつもりだったのか」
「ま、いいけどねぇ!アタシに捕まってお兄ちゃんが触っちゃうのがこの子の道なんだよきっと!はい、じゃぁお兄ちゃんにあげるからこの子ちゃんと使えるようにしてね~」
他にも色々見せたい物があると言いながら今回の獲物を次々とカウンターに並べ始めるモニカを眺めながら、既に拘束を解かれた小鳥を籠に入れつつアルクは微笑んだ。
素材の大小にかかわらず貴重な物を手に入れた喜びと、その物が自分を受け入れている事への感謝と、今日も妹が元気な事が嬉しくて。
これは兄であり職人と言う役割を担う青年の日常、そしてそれを垣間見る役割を担ったアナタの日常のお話。
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