始祖の泉フローターシスではその昔、大きな戦いがあったのだという。
魔法と奇跡の世界。
そのすべての生き物がここから生まれたとされる泉。
戦いは、フローターシスすべてを巻き込んだ。
それは、すべての命の始まりとも言えるフローターシスを支配すれば、この世界を手中に出来ると考えた別世界の者達の所業だった。
泉から生まれ落ちた多くの命を殺め、多くの悲しみを産んだ。
しかし。
戦いの最中、泉から赤い水がわき上がった。
空に舞い上がった赤い水は、
天から降り注ぐ雨のように、あるいは涙のように、はたまた流星のように、
フローターシス全土に降りそそいだ。
そのすべてのしずくがかかった、植物たちが、生き物たちが、
まるで意思を持ったかのように動き出し、
兵隊のように群れをなし、別世界の者達を別世界へと追いやったのだという。
戦いは、またたく間に終結した。
それは泉<フローターシス>の流した、
戦いを嘆く涙とも、戦いから世界を守るための守りの涙とも、言われた。
それは、まるで赤い星のような涙<しずく>だった。
すべての戦いが終わった後。
フローターシスに残った赤い涙たちが集まって、出来た赤い種があった。
その種からめぶいたのは、
――――赤い星の形をした花の木。
この後、フローターシスを何万年にも渡り守り続けることになる、
あまたの自然と自在に心を通わせ、対話し、使役する……守護の大樹。
フローターシスの泉の命を分けた姉妹(はらから)。
<シズクノハナの木>だった。
「『そうして、シズクノハナの木は約1000年ごとに守護の力を使い果たし、枯れ、いくたび代替わりを重ねて命を長らえる。この地を争いから守るように、万年時が移り変わろうと何度も生まれ出で、咲きほこるようになった』―――……これが、この木の伝承でしたな」
「…………まるで、小学校のマジクル伝説の授業のおさらいのよう」
「そうですな、リインウェルト様」
……この木の伝承は、私たちにとっては伝説でも何でもないからね?
私―――リインウェルトがゆったりとそう言うと、隣に立つ彼は深くうなずいてみせた。
彼は『今私たちの目の前にあるもの』の守護者の一族の長を継いだ青年で、その名をレヴェリ―・クライム。
獣人族の鳥人種の中でも特に大きな翼―――黒い翼と白銀の髪を持つ鳥人種で、この世界での、何度目かになる私の友だった。
今の小さな体の私には、大柄な彼は見上げるだけで首が痛くなりそうだ。
始祖の泉フローターシスのほとり―――そのすぐ後方にある大森林の最奥の切り株に腰をかけ、私は大きくあくびをする。顔を上げた瞬間、空から降りそそいだ太陽の光があまりにまぶしくて目を細めた。
大森林や樹海ならではのさざなみのような木々のざわめきが、私の故郷の水面の揺れを思い出させる。とてものどかで、おだやかだ。
……人の手が一切入っていないこの感じ、私は、好きだな。
自然というのはやはりこうでなければいけない。時に安らかであり、しかし時に残酷な自然のオキテに人の手を加えるのはどうにも好かない。
(……今日が、こんなおだやかでやさしい日で、良かった)
私は、この地に居を構える生き物の一人、リインウェルト・フェルディア。
それがずっと付き合って来た私の名前だ。
自分の名すらも、もはや聞き飽きるほどに生きた、別世界のフェルディアの竜だ。
この世界には今回で何度目の来訪になっただろうか?
(……どうでもいいけど、覚えてないな)
肩をすくめると、揺らした体に反応して頭の上にいた小鳥たちが鳴いた。あれ?いつの間にこんなに鳥がいっぱい乗ってたの?……まあいいか。
それくらいには来ていると思うけれど、正確な回数は別世界の彼方だ。頭はしっかりしているつもりなのだけど、この歳になると色んなことが気にならなくなる。
こういう小さな姿の方が都合がいいこともあるから子どもの姿でいるけれど、今の私は実際には「ただのちいさな竜のおじいさん」だからね。私の場合はおばあさんでもいいのかな?
私は、今回は彼・レヴェリーに招かれてこの世界に来ていた。
実はここ数日間、彼と一緒に私はここにいる。
いつもなら「めんどくさいな」ってつっぱねるんだけど、私にはこの誘いばかりは断れない理由があった。
それは、ずっと前の話。
別世界に攻められたことがあるこの地に、別世界の民の私がこうして訪れる度に居を構えることを良く思わない連中もやっぱりいてね。たまに頭の固くてけんかっ早い子は何かを言って来たりする。対応に困っていた私に、最大の助け舟を出してくれた友がいた。
今日ここに来たのは、その友の為だ。
その友達と、<何度目かの再会>を果たす為に私はここにいる。
「今回で、55回目ですな。もう先代から30余年。ついにこの時が来ましたな」
「…………そうだね、もうそんなになるんだ。………ああ。君たちの一族にも、もうそれだけ世話になっているということかな?」
「とんでもない。むしろお世話になっているのはこちらと言えるでしょう、リインウェルト様。いつも我らが姫に貴方様はとても良くしてくださる。先代の姫……コノハヒメ様以前の姫君の代から、貴方様はあの方と親しくしてくださっているではありませんか」
「…………おおげさな」
ぼんやりと返すと、彼は「ごけんそんを」と返して来た。
やれやれと肩をすくめ、腰をかけていた切り株からのんびりと浮き上がると、私は時を同じくして輝き始めた周囲の地面に目をやる。
キラキラと赤いすい星の光のように輝く地面がそこにある。
「……………始まった、ね」
これは、私がこれまで何度も目にして来た光景だった。
長い時を生きた中の、数少ない楽しみ。
……『そして、同時に切ない痛みももたらすもの』。
「………レヴェリー、そろそろ時間のようだよ」
「ええ。ってリインウェルト様、頭の上頭の上」
「………頭?……ああ、これくらいいいよ。……別に」
「少しは気にして下さいよ。それに、流石にせっかくの再会の場にそのお姿では少々キマりますまい」
レヴェリーはやんわりと私の薄い水色の頭に手をやったかと思うと、頭の上にいた小鳥たちがそれを応じるかのように大空へと飛び立ったいった。レヴェリーは鳥を使役する力をメインの魔法に持つ。まあそれもあって放っていたんだけど。
別にいいのに……と小さく息を吐いた私に、レヴェリーは困ったように笑って見せた。私はそんな彼に似た笑みや、その顔に似た人物たちにもきっとこれから何度も出会うのだろう。
私は、それだけ彼等よりもずっと長く生きるのだから。
(きっとこれから先、それは変わらない……『私』が、終わるまで。……ずっと)
うつむき加減に静かに目を伏せると、さわさわと風が私の肌を撫でた。
そう。私と彼は、今日私たちの友の誕生を祝福に来た。
ほら――――今そこで、また『君』が何度目かの命をめぶかせる。
「『おはよう』――――――目覚めの時間だよ」
私が言葉をつむぐと同時に、光り輝いていた地面から小さな芽が出た。
芽が出たかと思えば、周囲にうずまく光を養分にするかのようにして、芽がどんどん空に向かって伸びてゆき、それはまたたく間に小さな木となった。
きら きら きら
きら きら ―――――ああ、何度見てもキレイだ。この光は。
それと共に、木の中からやわらかでやさしい歌声が聴こえ始める。
その歌が響くと、私たちをかこむ自然たちが、喜びの声を上げたように思えた。あたりが、とてもあたたかく感じるのだ。まるで、赤子の誕生を喜び、祝う母親のように。
歌声に応えるように、世界の命が、ざわめいているのだ。
それは私にとって、待ちわびたなつかしい歌声だった。
『シズクノハナは うたう はな
うたって みんなと お話するよ
たのしい おはなし いっぱい
鳥が鳴くと シズクノハナもうたう
木の葉の揺れると シズクノハナもうたう
空のささやきに シズクノハナも うたって こたえる
シズクノハナは いきとしいけるものと うたうはな』
(……ああ、いつもの、歌だ)
木は私より少し高いくらいのところまで伸びると、今度は木からつぼみが芽吹き、ゆっくりと三つつらなった赤い星の形の花が咲き始める。
私はそれを見ると両手をゆるやかに空にかかげた。すると傍にあった泉が私の指先の動きに合わせるように、空を魚が泳ぐように舞い始める。小さな木に恵みの雨を降りそそがせるかのように。これは私のメインの水の魔法だ。これくらいなら、私にはとてもたやすい。
宙に浮かぶ私と水にからまり合うように、舞う光。
その光とあたたかな歌に巻かれるような気持ちで、私は宙を見上げる。
やがて私の水を受けて、木はぐんと成長を早めた。この数日何度も繰り返してきたことだが、矢張り自然は水を愛するようだ。
『わたしが うたうと あなたも うたう
あなたが こたえれば わたしも こたえる
お空のひかりを あびて 育ったシズクノハナは お星さまの はな
お星さまのいるところ 空の近くに 伸びる大樹
シズクノハナは お空の近くで さく はな
いつも みんなを みまもるはな』
(いつもの歌、だけど―――――)
私は、木を見つめて青と銀の目を伏せる。
ふうわりと次々花咲かせてゆく花たちがまぶしくて。そして、嬉しくて。
私は小さな木に、そして花々に誕生の贈り物を続ける。
『わたしと いっしょに うたいましょう
わたしと いっしょに 生きましょう
シズクノハナは わたし
シズクノハナは あなたとわたしと世界のはな
幾年月を超えても わたしが うたえば 世界が応えて 世界もうたう
わたしと いっしょにうたいましょう』
(だけど――――)
私は、小さくほほをほころばせる。そのうち、花たちの中でも一番大きな花の中から、ぽっこりと小人サイズのちいさな女の子が目を閉じたまま顔を出した。
私の水を浴びて、とても気持ち良さそうに。
『この体に 息づく いのちの 息吹
この心に 宿る いのちの とうとさ
あなたと 世界がくれた わたしの 時間
シズクノハナは あなたと 世界と 生きるはな
やがて 命燃ゆる その日まで
わたしは あなたを わたしは 世界を うたいましょう
また出会える あなたに うたいましょう
傍にいることになる あなたに うたいましょう
そして―――――
新たなる わたしに また幾千の生命(いのち)を うたいましょう
どうかまた この世界を愛せますように
いつまでもわたしは 世界に 生まれましょう』
(『あの子』の歌は少し暗かったけど、『君』の歌は明るい――――。
やっぱり、『君』は『君』なんだね)
光が、やんだ。
そして、私もその手を下げれば、水も四散していった。
同時に、小さな木から生まれた女の子がぱちりと、まん丸い青い目を開く。
ぱちくりぱちくりと目をしばらくまたたかせると、目の前にいた私たちを見てことりと小首をかしげた。思わずあわい桃色の長い髪に手を伸ばし、そっとなでると、妖精の羽根を思わせる青い4枚の羽根がくすぐったそうに揺れた。
「んんん……ふあああ……」
……ねえ。
いちばん最初に目の前でかまされたのが大あくびだって、今の君は覚えているだろうか?
どうでもいいことならすぐに忘れてしまうくせにのう?と、君は私を笑うだろうか。
「ふあ~……おはよお~!!ん?んん?あれあれ?だれかいるー!はじめましてー!ここにいるってことはもしかして、『まえ』のわたしのおともだち?」
元気いっぱい毛伸びをした女の子は、ウキウキといった様子で、興味しんしんに私たちに声をかけてきた。好奇心旺盛な子なのだろう。
「……そうだよ、初めまして。先代のシズクノハナコノハヒメにはとてもお世話になったんだ。……それで、『君』は、なんという名なの?」
「わたし?わたしはサクヤだよ!シズクノハナのサクヤ!あなたはだあれ?」
「……そう、『君』はサクヤというんだね。私は……リインウェルトというんだ」
「リインウェルトくん?」
そうだよ、と答えた時、私はおだやかな笑みを浮かべていたと後で私は君とレヴェリーから聞いた。私にもまだ、そんな表情が出来たのだと、正直感銘を覚えたのを私は忘れない。
この出会いは、何度味わっても切なくもうれしいものだ。
『前』の彼女とはもうお別れしたけれど、『今』の彼女に私は出会えた。
「んんー……リインウェルトくん、リインウェルトくん、リインウェルトくん~……うん、わたしリインウェルトくんのことおぼえたよ!それで、あなたはどうしてここにいるの?」
「……サクヤ、君が生まれてくるのを………この人と一緒に待っていたんだよ」
「このひと?」
そこではじめてレヴェリ―の存在に気付いた彼女に、これまでカヤの外だったレヴェリーはやっぱり困ったように笑って―――彼女の前にふわりと浮かび上がる。
この笑い方は彼の癖のようなものらしいが、これは後々とある子孫にも遺伝してしまった。その神経質な目元ごと。
きょとんとする彼女に、レヴェリーは丁寧に頭を下げてみせる。
「俺のことですよ、姫様。俺の名前はレヴェリー・クライム。貴女の木を守る者の一族の長です。貴女が生まれるのを、先代の木が枯れてから数十年待ちわびておりました」
「んー……そうなの?むずかしくて、よくわかんないー……」
「そうですね、姫様。いいのですよ、これから俺よりもずっと長い時が貴女にはあります。ゆっくり覚えてゆけば、それでいいのです」
「???うん!わかった!わたしがんばる!」
そう言った『君』は、その時はまだ何も分からない小さな子どもだった。でも精霊だからか、先代の記憶の名残があるのか、普通の子どもよりは物は知ってたかな?
ぐっと強く両手をにぎって、君は「えいえいおー!」と言ったけどきっとまだ何を頑張るのかさえもその時の君は分かっていなかっただろうね。
明るく無邪気にはしゃぐ君の笑顔が、今でもとうとくてたまらない。
「それよりねえリインウェルトくん、わたしとも、おともだちになってくれる?」
「……ああ、もちろん。サクヤ」
「わ~いやったあやったあ!!!!わたしのいちばんめのおともだち!!!!」
思いっきり花の中から飛び出して、君は遠慮なく私に抱きついて来た。されるがままにそのくすぐったさを受け入れた私の口元は、いつもと違ってやはりおだやかだったらしい。
私の、「ほうっておくと全然仕事しないらしい表情」が、その日は久しぶりに大忙しだったとずうっと後で聞いた時は本当に複雑だったよ。
今でも、昨日のことのように思い出す。
『君』は、その日、私と友達になった。
それは今から1000年ほど前のこと。
この世界での私のかけがえのない友達―――――シズクノハナの木の55人目の精霊、シズクノハナサクヤヒメが、生まれたその日のお話。
シズクノハナの木は約1000年ごとに生まれ変わる。そして、同時にそのシズクノハナの木をつかさどる精霊も、以前と同じ姿で生まれ変わる。……それが、『君』だ。
それは約1000年ごとに繰り返される、必然。
私はその日また『あの子』ではない『君』に出会った。そして、きっとこれからも『君』ではない『その子』に出会い続ける。
「―――――おはよう、サクヤ。
君は本当に、ねぼすけだね。…………何度も私を待たせるんだから、困った子だよ」
……ねえ。
シズクノハナサクヤヒメ?
*** *** ***
どうも!白月光菜です!
そんなこんなでこちら、交流小説なんだか、我が子の始まりの小説なんだか!(笑)な小説でした。れむちゃん宅のリインウェルト・フェルディアくんとうちのシズクノハナサクヤヒメは(色んな意味で)永年のお友達設定ということになりましたので、早速その設定を使ってのシズクノハナサクヤヒメ誕生小説!とあいなりました。(*´ω`)
視点は完全にリインウェルトくんなリインウェルトくん主人公の小説です。(笑)
準主人公がうちのシズクノハナサクヤヒメ!
なお、↑のイラスト×2は【シズクノハナの木】です。
レヴェリーさんは苗字で誰の先祖か分かると思います。(笑)
今後もちまちま話題にくらいは上がるかも知れないモブキャラ。
彼女はこんな生まれ方と、こんなかけがえのない出会いを繰り返しているのだということが伝われば幸いです。
この頃の彼女はまだ何も分からない、自我を持ったばかりの赤子そのものでした。
何度も彼女を守る一族とリインウェルトくんに、1000年ごとに誕生&お出迎えをして貰っているという。今の彼女はすでに1000年以上生きているので、そろそろ代替わりの時期です。
その時期が来るまで、元気に、楽しく、生きて行けることを製作者は祈ります。
ちなみに、この物語の中に登場する歌は彼女がサブ魔法を使う時に歌う歌の、誕生時verです。現在はこの歌の後半の部分のみが違う歌を、彼女は歌っています。
今後描く小説やイラストや漫画で度々出て来ることになると思います。(*´ω`)
なお、シズクノハナの木とシズクノハナの精霊はこの世界でも有名な樹木&精霊で、絵本や古文書や学校の教科書にも載っているイメージです。
それでは、ここまで読んで下さり有り難う御座いました!<m(_ _*)m>
<設定にご協力下さったれむちゃんに最大の感謝を込めて!お届けします!
(※UPする前に確認のためにれむちゃんに一度文面を送っています!)
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