【やさしい炎の心を刃とする時】・中編~白月光菜~

戦わないですむなら、それが一番いいと思ってた。


あんなもの、誰もが痛くて、誰もが苦しくて、“体”の傷はいつか治るかも知れなくても、“心”の傷は癒えない。
癒えない傷の責任は誰が取ってくれる?
痛いままになるなら、最初からやらなければいい。


好き好んでそんなことをやる奴らと、同じにはなりたくなかった。


だけど、守れる命が目の前にあるのに、そのまま見て見ぬふりをするなんて俺には出来ない。


その為に他の誰かが戦うことになるなら、戦わせたくない。


俺が、戦った方がいい。
とっくに知った血のにおいも血の感触も、これ以上他の誰かが知る必要はない。
戦いたくはないけど、……だけど、


だけど!!


守れる戦いを前にして、足をすくませるのは――――――










「せんせー!おい、せんせー大丈夫か!?せんせー!!!!」


砂ぼこりが、散ってゆく。

視界が、ゆっくりと晴れてゆく。


「キャーーーー!!!!」「うわーーーーーー!!!!!!」と口々街人の悲鳴が上がる中、その声にかき消されそうになりながら叫ぶものだから、白い吐息が幾つも空に吐き出される。それは、どんどん周囲が寒くなって行っている証でもあるのだが、アガトはここに来て気づいた。自分の【適応】の力がまるで働いていないことを。


これまでは自分は寒さへの慣れから気づいていなかっただけで、確かに有り得ないくらいに周囲が寒いのだ。

エヴァンシアが【耐性強化】を使いながら寒かったのも、このせいなのだろう。


(噂通りかよ!あのデカブツにゃあ【補助魔法】の類は無効化されちまうってのは!)


そう。

アクアヒドラには補助魔法は効かない。

そして自分の周囲で使われたそれも無効化してしまう。


だから、こんなにも寒かったのだ。


「せんせー!!せんせーーー!!返事しろ!なあ、せんせー!!」


悲鳴と混乱の波の中でアガトは、エヴァンシアの手を取ったまま、それでも自分は気丈に必死で叫んでいた。

エヴァンシアも小柄なせいで人の波に流されかけていたが、アガトの手をしっかりぎゅっと握ってそこに留まっていた。


「……先生!」


エヴァンシアももう一度叫ぶ。だが、やっぱり返事はなくて。二人があせりを覚え始めたところで前方の人の波と砂ぼこりの中から、手が見えた。

それは緩やかに二人に向けて手を振ったかと思うとぱっと煙の中に消えて、「ここにおる!」と声が届く。そうして、晴れた視界の先であっと二人は声を上げた。


「~~~~~っ、ひゅ~~~、危なかったね、モロクはん。間一髪」

「ふっ、ぁっ、ふぇっ、ううう~~~~~っ」

「あっ、モロクはんよしよし。フロシキせんせー間に合ったつもりやったけどやっぱ怖かったな。もう泣いてええ、泣いてええよ」


そこに、四鬼丞はいた。


しゃがみ込み、先ほどの獣人の子ども―――異世界からのトカゲの来訪者・トカゲ獣人の少年―――モロクを抱えて。

狼のモンスターと接触したのか爪か牙でも受けたのか、ほんの少しかすり傷を負ってはいるものの、無事だ。


何よりモロクに怪我はない。四鬼丞が守りきったのだ。彼は、四鬼丞もよくお世話になっている運搬ギルド・『TC』の一員でもある少年だ。何度か会ったことがある。

彼がTCへ加入したその時は姫も彼らの傍にいて、困りごとを抱えたモロクに協力したのだという。無事で良かった、と四鬼丞はほっと胸をなでおろす。


自分に抱っこされ、しがみついてしゃくりを上げるモロクを、四鬼丞はよしよしと頭をなでてなだめてあげた。

怖くて当然だ。涙を流させてあげるのが一番いい、と彼は思っていたから。


「うう~~~ふえぇぇぇ~~~っ、ふえっ、せんせ、ふえ……っ」

「うんうんモロクはん、ほんま怖かったな。ようあの中で悲鳴も上げんと頑張った。モロクはんはエライ子やね」

「う~~~~っ、でも、せんせー……せんせーは、せんせーは、ぶじ?」

「ありがとな。俺も平気や。モロクはんのお陰で助かった、~~~~~ッ~~~~~~っ、うえ~~~~~~っっ!!!!!?」

「ぴ~~~~~っ!?!!?!?!?」


そこでがぁ!と右隣から狼のモンスターに牙と爪をむかれかけて、四鬼丞はモロクを抱えたまま飛び上がった(文字通り)。

だが、危うく二人に当たりそうだった爪は何故か、届く前に何かに邪魔をされたかのようにぱん!と弾かれて、牙は接触する前に狼のモンスターごとぱぁん!と弾かれた。


「わ~~~~ん!やだ~~~~~っ!!」

「っ、げほっ、モロクはん、っ、ちょ、落ち着い、」

「う~~~っ、痛いの絶対やだやだ~~~っ、こっち!来ない!でぇぇぇ~~~っ!!!!」

「あわわわわわわ」


ぱん!ぱん!ぱん!と更に狼のモンスターを弾いているのは砂だった。正確には砂が硬化したもの。モロクの魔法、【砂】と【硬化】の魔法である。

舞い上がった砂を硬化させて盾代わりにしているのだ。


先ほども、実はモロクのこの魔法のお陰で四鬼丞はかすり傷程度ですんだ。そうでなければ、無防備に飛び込んだ彼はもっと大怪我をしていたかも知れない。

咄嗟にモロクが硬化させた砂の『盾』で、守られていたのだ。


モロク自身はそれが『盾』の役割をしている、とまでは考えていない。

怖いものが自分達に迫って来ないように必死なだけだ。生まれてからも日が浅く、まだこの世界に来て日が浅く、この世界でトカゲの姿から獣人の姿を始めて体験中のモロクにとってはこの世界は分からないものばかりだ。

だから、こんな怖いことだって初体験。とにかく必死で周りの砂を硬化させ、狼のモンスター達にぶつけてゆく。


泣きながら自分の腕の中で奮闘するモロクを抱えながら、四鬼丞は駆けた。

小さい体、幼い心でも、『戦い』に近しいことはやって出来ないことはないようだ。


すこん、すこん、と少し自分にも固まった砂の残骸が当たって、あてててて、と(なるべく)小声で言う四鬼丞だったが、ぽかーんとその様子を見ているアガトとエヴァンシアに気づけば、四鬼丞は声を上げる。


「こっちは大丈夫や!エヴァンシアはんとアガトははよ逃げえ!」

「何言ってんだ!せんせー達置いて逃げられっかよ!!大体こんな状況で尻尾巻いて逃げる仲間がいるか!!」

「………だけど、女人はあぶな、」

「今一番危ないのはせんせーとモロクだろーが!!せんせーの世界では女は家で待ってるもんらしーがなあ、俺らの世界では生憎そんなの適用されねーんだよ!!」

「…………っ」


アガトの言葉に、四鬼丞は目を大きくする。

ばしっ!と懐から取り出したダーツで―――メインの魔法、【投てき】の力を使って正確に向かって来た狼のモンスターの一撃を弾いたアガトは、キッと四鬼丞を強く見た。


「俺らだって!戦えらあ!」


アガトに続くようにエヴァンシアも、ぼぼッ!と両手に炎を宿らせながら声を張り上げる。


「そうです先生!ご存知でしょうが私達の世界では従者を女性も勤めます!女性だからと侮るなら先生でも私は怒りますからね!!

常に安全圏にいるのが女性と思われては困りますよ!!内助の功は裏方だけと思わないで頂きたいです!!」


戦国の習(なら)いのひとつには『女は守られるべきもの。女は男が守るべきもの』というものがある。

そう思っていたから、四鬼丞はこれまでギルドの依頼で戦闘が必要な時などは極力姫にも戦わせないようにしていたが、そういえば姫は不満そうな顔をしていたな、ということを思い出す。

この世界で出来た女性の友人知人にも、もちろん高い戦闘力を持つ者は多い。

それでも戦国の習いが身に染み付いた彼には、それは未だに戸惑いがあるものだった。


しかしここは、魔法と奇跡の世界。自分とは違う種族の者だって勿論いる。そこに魔法と奇跡を使えば、男女問わず多くの可能性を生み出せる。

ああ、そうか。そういえばここはそういうところだったな、と四鬼丞は砂ぼこりで咳き込みながら、微苦笑する。


「……せやったな。はは、これやからいつまでも慣れんぼんやりしたボンクラはアカン」

「そーだよ。大体へっぴり腰で戦い嫌いなせんせー置いてくなんて女がすたるね!」

「あちー、もーほんまアガトは手厳しい子やなあ。既にすたっとる男を前にほんまええ女っぷりやわ」


困ったように笑う四鬼丞に、アガトも同じように少し困った風に笑った。


へっぴり腰?戦い嫌い?

自分でそう言った後にアガトは内心首を横に振る。

本当にへっぴり腰なら自分を危険にさらしても突っ込むなんて真似、しない。

戦いが嫌いとは言っていても、あの先生は嫌いだからって逃げ出すような弱虫じゃない。


ああは言ったがアガトだって、本当に戦えないなら四鬼丞こそここから逃がしていただろう。本当に戦えないなら、とっくにお帰り願っている。戦えない者は足手まといだからだ。

だけど、モロクを守り、モロクを抱え、戦いを嫌いだと言いながらも戦いの中心で強くある四鬼丞にアガトはそうは言えなかった。


モロクの為に傷を負っても、笑っているこの人は本当は『強い』。


「ほら!お喋りは終わってからだよせんせー!」

「ああ。…………ッ!!」


ぎぃぃいいいいいあいいいぃいいぉいいいいぃおぃいいいアアアアアァアアあおおおおおおおお!!!!!!!!


まるで金切り声のような、雄叫びをそこにいる全員が耳に入れた。

びりびりと体がしびれるほど、地も空も揺らすような大きな声に全員の体が一瞬凍りつく。壁をノコギリで研ぐような、ひどく聴くに堪えない声だった。


「…………いけません。アクアヒドラが動き始めました。モロク様!一度魔法を止めて下さい!!」

「ふぇ…………ッ!?」


狼のモンスターは全てがモロクの硬化した砂の猛攻、それにアガトとエヴァンシアの立ち回りでひるんでそれなりに大人しくなっていたが、そうしている間にこれまで妙なくらい静かにしていたアクアヒドラが突如声を上げた。

エヴァンシアがモロクを制止するが、モロクは雄叫びに驚きその前に魔法を止めていた。そのままぎゅっと四鬼丞にしがみつく。


制止したのは、雑魚なら兎も角としてああいう手合いを下手に刺激をすればモロクが真っ先に攻撃の的にされかねないからだ。


(それにしても……)


と、四鬼丞は顔をおそるおそる上に向ける。そこには大きな竜の頭があった。

アガトは四鬼丞の隣で頬をひくつかせる。


「ひぇっ…………でかっ」

「…………俺ら全員分の身長足しても頭に手ェ届きそーにねえなあのデカブツ」

「…………はっはー、そう怖ぁなること言うなやアガト」


びぁぃぃいいィィアいいいあいィいいぃいアいぉいいギいいぃおぃいいいアアアガアアアァアアあおおおぉアアあぉおおおおおァァ!!!!!!!!


雄叫びを前に、四鬼丞とアガトは少し息を呑んだ。

塔をほうふつするほど大きなそれが目の前にいると思うと、ちょっと生きた心地がしない二人だった。


うわあ、シャレにならないくらいでけえ。


「いえいえ、リインウェルト様も本来の姿ならあれくらいはありますよ」


なんてキリッと竜世界の常識で語るエヴァンシアに、「いやいや竜目線だと普通だろうけど!!」と二人は苦笑いで突っ込むのだった。









同じ頃だった。ちょうどマジクル・タウン商業地区の上空を滑空する影がひとつ――――いや、正確にはそれに抱えられる影もひとつ。


「…………いる」

「何がだ?アレス」

「…………同族だ。と言っても竜人族とは違う、知能の低いモンスターのようだが。氷棲、水棲の竜のモンスターだ」

「よく見えるな、アレス。もしかしてそれがタウンにいるのか」

「ああ。名は知らないが。見たことがある」


ばっさ、ばっさ、ばっさ。

自らの黒い翼をはためかせつつ呟いた銀髪の少年に、淡い水色の髪の娘が目を見開かせた。


竜人族と鳥人族のハーフの少年、アレスト・クライム。そしてその友人の星繰りの天文学者エルト・アルフェッカ。

いつものように二人で深緑の大地ディプレストへと星を見に行っていた、その帰りだ。今日はアレストの翼で飛んで二人一緒に帰って来たのだ。

アレストの腕につかまって運んで貰っているエルトは、自らはサブの質量を操る魔法を使って体を軽くして少しでもアレストに負担をかけないようにしている。


(…………人にも種類があるように、竜にも種類がある、ということだな)


人を襲う竜とそうでない竜を思って、アレストは軽く息を吐いた。

竜人と鳥人、両方の血を引くがゆえか動体視力や五感が常人の倍は良いアレスは、魔法などなくても目下の状況が少しはつかめているようだった。


ふよふよ、と上空から二人が見下ろしたマジクル・タウンの商業地区からは、よく耳を澄ませば悲鳴や破壊音が響いている。


「よくは見えないが、氷棲、水棲なら私も知っているかも知れないな」

「シークトムにも、ぼくやシードラゴン様と同じ竜がいたのか」

「いたよ。水のね」


今でこそ陸に住んではいるが元はエルトは深海都市シークトム出身。星に憧れ、愛した為に海を出たのだ。

アレストも生まれは、海域は異なるがエルトの故郷のシークトムと同じ海にある竜宮都市パレスドラ。育ちは氷柱の村イシクルだが、矢張りどちらも海域にある。氷棲、水棲の生き物には比較的明るい。

エルトの場合それよりずっと星の知識に明るいのだが、矢張り元は海に生きる人間の娘なのである。


「アレス。数はどれくらいだ?」

「少なくとも5以上。雑魚もいるが荒れている」

「割って入れそう?」

「…………行く」


入れそう?と聞いたというのに、行く、と返ったお返事にエルトは少し口を緩ませた。

くす、と笑うとアレストの視線がエルトに向く。きょとんとした様子に更に口が緩んだ。どうして不思議そうなんだ?と言いたいのかも知れない。


思ったことが本当にそのまま出てくる子なんだから。この子は。と思うとこんな時なのに微笑ましかった。


「入れそうになくても?」

「行く。やばいものなら捕まえる。それがぼくの仕事だ」

「だったら行こうか。丁度いい星も見れていい気持ちなんだ、少しでも手伝いが出来るなら、しようじゃないか」

「…………調子に乗って、怪我するなよ」

「乗らないよ」


いいやオマエは時々乗るよ、と言われてぷすー……と少し唇を尖らせたエルトは、調子に乗ると羽目を外しすぎるタイプだった。

だからこそ『好き』なものに対し一本気で、星の力を得て天文学者にまでなったのだから。


アレストは「じゃあ行くぞ」と一言断った後、片腕にぶら下がっていたエルトを両腕に抱えて急降下した。










(…………こういう時はやっぱりどうしても戦わんとアカンもんかな。戦わんとアカン、のやろうなあ)


でかい。


本当に、とにかくでかい。


四鬼丞はモロクを片腕で抱え、片腕で小烏丸を握りながら思った。

これは自分がどうにか出来るレベルなんだろうか、と考えもするがぶっちゃけ考えている暇はない。


守れる戦いを前にして、足をすくませるのは――――


(…………やっぱり駄目なものだよな)


覚悟を決めたかのように、チャキ、と鞘に指先を立て、刃を抜き放とうとするその様を、

彼の背後――――壊れた品物が散乱して混乱する花屋の前で、褐色の肌の兎耳の青年が偶然目にしていた。




*** *** ***

という訳で、今回は以上です。『【やさしい炎の心を刃とする時】・前編~白月光菜~(https://magicle-town.amebaownd.com/posts/5455606』の続きです!

前回前後編で終わる!と言っていたのに予定よりもずっと長くなってしまって、前中後編にすることになりました←

次回で決着が着けばいいのですが、まだ続いたら中編2が出る可能性もあります←。


今回は更にしあんちゃん宅からモロクくん、そして無馬さん宅のエルトさんをお借りしました!あとエルトさんと一緒にうちのアレスも登場しています。

今回はモロクくんのお陰で大変助かりました。しあんちゃん有り難う御座います!!

↑※後編で更に他のお子さんも借ります。

なお、モロクくんのTC加入の下りは蓮ちゃん作のこのお話(『魔法の小瓶(https://magicle-town.amebaownd.com/posts/3288415?categoryIds=898872)』=全1~8話)にて^^


次回は本格的なドンパチ回なので気合を入れて頑張ろうと思います!(`・∀・´)


ご覧になる際はRPGの戦闘BGM等をバックグラウンドミュージックにすると、盛り上がるような気がするので(あくまで気がするだけ←)良ければどうぞ!^^



ではでは今回はこれにて!m(_ _*)m

ここまで読んで下さり有り難う御座いました!!°˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°

Magicle Town

創作企画 Magicle Town 魔法と奇跡の世界へようこそ さぁ、楽しい魔法交流ライフを始めましょう

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