―――息をいっぱいに吸い込んで、少女の姿をした精霊は星空を見上げた。
そうして、唇を開いた。
独りぼっちの星空の下の花畑から、歌声が響く。
どこまで行けば あの星にまた会えるのだろう
わたしの心に 輝いた星
ずっと いてくれたのに
今は何処にいるの?
いなくなってしまった星の行方を 星に聴いても
「いない」とささやくから
星空を見上げるのが 哀しくなって
痛みを抱えたままでは
上を向いても 前を向いても
下を向いているような
涙ばっかり 流れるの
ねえ 何処に行ったの?
あなたがいない星空を
何度わたしが見上げても
綺麗なんかじゃないの
ここで歌えば
ここで待てば
あなたは 戻るかな?
わたしは 綺麗な星空を また見たい
いつになったら叶うの?
どこまで行けば
あの星にまた抱かれるのだろう
わたしの心に
今も またたく 一番星
ねえ わたしの中には
いつでも あなたがいるよ?
「―――――こんなに星が綺麗な夜なのに切ない歌を歌うね、姫」
「……おや、誰かと思えば星の使いではないか。星の夜には星が降るものなのかのう?」
「なかなかロマンチストな言い方をするんだね」
星をこよなく愛するそなたも、なかなかのロマンチストな気がするがのう?ところころ笑ったのは、あわい桃色の髪の愛らしい少女―――いや、これでも1000年以上は生きている樹木の精霊だ。
その名をシズクノハナサクヤヒメと言い、始祖の泉フローターシスを過去救った英雄たる大樹・シズクノハナの木に宿る精霊である。
―――そこは、癒しの小島の、シズクノハナサクヤヒメ……姫が副ギルド長を務める【フロシキせんせー院】の隣に彼女が作った花畑。
そこに姫と同郷の花屋の妖精リリア・フィーリアが力を貸してくれて、一種のフラワーガーデンのようにもなっているその花畑はギルドに立ち寄った者たちのいこいの場の一つでもある。
ギルドに併設されたカフェ・アペイロンで出される紅茶やワインなどの栽培も、一部はここで担っていた。
彼女の歌の影響だろうか。花畑の花は、秋だというのに満開になっていた。
彼女の歌にはそういった作用もあるのだ。
夜。花畑に埋もれるように横たわり、星空を見上げていた姫は隣に立った娘の言葉に、上体を起こした。
まるで妖精のお人形さんのような姿をした姫の様子は、おとぎ話の小さなお姫様のような、そんな愛らしさだ。だけど、その表情は決して明るくはなかった。ころころと笑ったのは声だけのようだ。
姫の隣に腰を下ろした娘は、エルト・アルフェッカ。星の魔法を使う天文学者だった。姫の友人の一人だ。
「今日はお姫様はご機嫌ナナメなのかな?」
「何故そう思う?」
「……お星様に話しかけたら、私にも声が聞こえる時があるんだよ、姫。お星様に問いかける歌なんて、聴こえて当然」
「……ほう。それは知らんかったのう。星の力とは何と途方もない」
星がある所には私がいると言っても過言じゃないから。などと、サラリと言うエルト。だけどそれは冗談でもないから姫は「そうじゃったのう」とうなずいてみせる。
だから、エルトは今ここにいるのか、と思うと合点がいく。突然現れて、声をかけて来たのはそういうことか。
独りでいた空間に、もう一人が乱入しただけで、空気が少しあったかくなった気がして――――姫は少し肩の力が抜けるような感覚を味わった。
ほっとしたのだ。
「いや、そういう訳ではない」
「そう?ならいいんだけど」
エルトはそう言いながら、姫の隣で星を見上げた。抜けるような夜空に沢山の星があって、星が大好きなエルトにとっては飽きない光景なのだろう。
姫は独りでいるのはあまり好きではない。賑やかな方が好きな性分だ。だから余計に、エルトから感じる空気のぬくもりがありがたかった。
(わしは植物じゃからのう……やはり人の吐息は心地良い……)
「それにしても、癒しの小島も星が綺麗だね。アレスが、特にこのギルドがある島のはずれからの景色は綺麗なんだって、前に教えてくれたから……この機に見れて良かった」
「ふふ。アレストも、ここには何だかんだと何度も来ておるからのう。……いつの間にか覚えたのじゃろうか」
そうだとしたら、嬉しいのう。とくすりと笑った姫に、エルトの表情もほんの少し柔らかくなった。
(あ……さっきより、明るく笑った)
エルトはこっそりと心の中で呟いたが、口には出さない。
その方が、少なくとも今の穏やかな空気は乱れないだろうと思った。
「……ねえ、姫」
「……うむ?」
「……“姫は、誰をずっと待っているんだい?”」
「……………」
エルトの言葉に、姫は少し顔を上げたが…………何も言わなかった。
星空をそのまま閉じ込めたような、エルトの瞳。そして、やわらかい花びらの色を凝縮したようなあったかい色の、姫の瞳。
ふたりの瞳が静かな時間の中、しばし見つめ合ったままになる。
どちらも綺麗な自然の色だ。自然そのものから生まれ落ちたような、奇跡の色。
「……………分からぬのだ。ずっと待っておるのに、まるで待っておらぬような、そんな気持ちでな」
「え?」
「のうエルト。出会いというのはまことに数奇(すうき)なものでな。一人の強く想う人がいるとしよう?その人を想って生きる間に、別の大切な人が出来ないとは限らぬのよ。
時の流れと共に大切な人は増え、また出会い、別れもある。新たに出会った大切な人の為には、自分の願いを諦めなければならぬ時もあるのじゃ。
だけどそれがどうしても諦めたくない願いなら……どちらを取れば良いのじゃろうな。
だから……分からぬのだ」
姫の言ってる言葉の意味の方が、私には分からないよ、とエルトは困惑したように返した。
「遠く離れた人が戻って来ると、今傍にいる人が離れてゆくかも知れぬということじゃ」
「…………よくは分からないけれど、だから、あんなにも哀しい歌を歌ったのかい?」
―――――あやつが帰って来ると、今その代わりをしようと必死なおバカ者が一人、役目を終えたと言わんばかりに去ってゆきそうじゃからのう。
―――――あやつは、この世界には半分自分の居場所はないと思っていそうじゃからのう。
エルトには聞こえないように喉の奥でそう呟いた姫は、らしくもなく困ったように微笑んで、首をふるふると横に振った。
らしくないその微笑に、しかしエルトは何食わぬ顔でいつもの笑みを返すのだった。
(……下手に、踏み込んではいけないのだろうな)
私にも、例えばアレスにも、そんな不可侵(ふかしん)の領域があるように。
姫にだってそれはあるはずだと、エルトは思ったからだ。
「それは、秘密じゃ」
「…………なにそれ。本当によく分かんないね」
「そうか。ならば年寄りのもうろくした言葉遊びと思えば良い」
「言葉遊び、ねえ……」
その次の瞬間にっこりと笑った姫は、もう哀しそうな顔はしていなかった。
「そう。言葉遊び、じゃ」
一人でさみしい歌を歌っていたところに、優しいお星様が――――エルトが降って来てくれて。さみしさが薄れたのかもしれない。
だからもう、その日の姫は笑っていた。
綺麗な星明かりの下で、姫が何を思ったのか。多くは語られないまま。
(…………あの人もムサシも、わたしには大切な人なんだもの。
選べないよ。どっちも大切だよ、ヒーロー。………ねえ、ヒーロー。
今、何処にいるの?
―――――――会いたい……)
姫はきっと明日も、歌う。
自分を置いていなくなってしまった人と、今の大切な人を想って。
待ちわびる 綺羅星
いつまでも わたしは 待ち続ける
鏡の世界で 友がこもったあの日々と
同じくらい きっと
長く
だけど あなたは 嘆かないで
わたしは 大丈夫
新しい星が
わたしの傍にいる
あなたよりずっと弱いけれど
優しい星
いつもあったかい笑い方をする かがり火の星
わたしは 星に 笑う
わたしが 笑えば 笑ってくれる
かがり火の星のために
一緒に 笑って 泣いて 怒って
一緒に強くなる
――――エルトが笑って「またね」と帰った後、やわらかな歌声がフラワーガーデンに再び小さく響いて、やがて消えた。
普段はわがままな女王様のような姫が、歌う声はまるで絹糸のようで、明るくて優しい。
彼女の本質を表すかのように。
響くそれは、今日も、優しい。
*** *** ***
姫ことシズクノハナサクヤヒメの、帰って来ない愛する人を待つお話。
自分を独り置いていなくなった前ギルド長と、今の傍にいてくれる仮ギルド長を想う夜。
こうして花畑で寝転がって待っていたり、玄関で座って待っていたり、癒しの小島中を散歩しながら偶然遭遇しないかなって思っていたり。
待ち方はいつもバラバラですが、一途に彼を待っている時の姫は本当に恋する乙女。
だけど、家族同然の新たな同居人である元武士のお医者さんが、愛する人が帰ってきたら役目が終わったと言わんばかりに去りそうな空気の人なので心配だなあ、というお話(伝われ)。
異世界に自分の居場所があるのかな、と昔からあのお医者さんは悩み続けてるから。
異世界人なだけにいついなくなってもおかしくないから、こんな風に姫を悩ませる。
姫にはどっちも大切な人なんだよ、というお話です。
ぬくもりをくれたお星様に有り難う御座います、を言いたいです。
という訳で無馬さん宅のエルトさんをお借りしました!m(__*)m
今回はこれにて!ここまで読んで下さり有り難う御座いました!!^^
白月光菜でした!m(__*)m
毎度ながら、伝えたいことが伝わればいいな~←本当にいつもニュアンス勝負の白月さん。
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