魔法と奇跡の世界に来てから、この世界で言うところではおよそ6年。割と長い時間をこの世界で過ごしてきたフロシキせんせーこと武蔵野 四鬼丞は、当初は戸惑ったものの、今では結構この世界での生活に馴染めるようになって来ていた。
慣れたとまでは言えないのかも知れないが、郷に入っては郷に従えとも言う。というか慣れないとついていけないくらい元の世界と違いすぎるものだから、彼は最初結構必死だった。
最初は一つ一つのことに驚きすぎて、大げさだと笑われたりもしたものだ。
みんな魔法が使えて当たり前の世界だとか。
動物のような特徴のある人類がうようよいたりだとか。
やれ、浮き島に世界を治める王様達が住んでいるやら。
はたまた、もののけを通り越してモンスターなどと呼ばれる存在がいたりだとか。
……そんなものなど全くない世界で少年時代の大半を生きた彼には、とにかく何もかもが信じられないことだった。それを今となっては信じない訳にはいかなくなっている訳だ。
(…………あ、今日はそろそろアレが来る時刻かな。エルトはんからも連絡入っとるし)
「ふいー……」
ひとつ息を吐き、手にしていた筆をそっと机に置いて、『フロシキせんせー院』の院長室――――と言うか、私室の窓を少しだけ開けた彼の目に映るのは満天の星空だった。
「はー……今日も綺麗なもんやなー……こりゃお星さんもエルトはんもご機嫌やなあ」
残業の手を止めて、見つめる星空のまたたき。
今日はこの世界に来てから6度目の七夕だ。
生まれ育った世界では雨季で、雨に見舞われることばかりだったこの星の日はこの世界ではまた別らしい。ここに来たばかりの頃は、七夕にこれ程綺麗な星の群れに出会えたことが実は元の世界ではまったくなかった彼は、大層喜んだものだった。
魔法が起こす奇跡にも勿論驚いたが、そんなささいなことの方が嬉しかったのだ。
穏やかな日々は、それまでの彼にはどれだけ欲しくても手に入らなかったものだから。
なんて、『お星様バカ』なんて言われるくらいにお星様が大好きな彼女ほどじゃないやろか?と口元を緩めながら、彼はふと「あ」と顔を上げた。上空――――雲間から青銀、いや、瑠璃や紺碧とも取れる輝きが幾つも見えたからだ。
「あ、やっぱ来たなあ」
キラキラ キラキラ キラキラ
キラキラ――――
言葉にするなら、そんな。
一等星のごとき光をまとったものが、流れ星のように、空から降る。
それは、星色をした星の形をした実だった。
それは年に一度七夕になると、願いごとを叶えてくれる実をつける【願い星の木】が降らした願い星の実の流星群だった。
これもまた、彼にとってははじめは驚くしかないことだった。自分がいた世界では叶うかも分からないような迷信めいたものだっただけに。
星の魔法を持つエルト・アルフェッカ女史が、木と話した後に毎年のようにマジクル・タウンの天文省を通して願い星の実の落下予測の予報をくれるのだが、その時刻が今だった。
「おー、予測時間百発百中やなー」
ただ、いつも彼の下には願い星の実は降っては来なかった。だからいつもこの光景を見つめるだけなのだ。だってどうにも無欲な彼には願いらしい願いがないから。
そういう人間の下には降って来ないものなのだと、姫ことシズクノハナサクヤヒメから彼は聞かされていた。
姫は願い星の木と永年の友達なのだとかで、そういうことには詳しいのだ。
願いがない自分の所にも、お星様のことならお任せ!と言わんばかりに願い星の木の落下予報をくれるエルトには申し訳ないとは思うものの彼はそういう性分だ。
この光景が見られるだけでもいい、と思ってしまう彼にはそれで充分なのかも知れない。
「……俺の願いはもう叶っとるからな」
「はー、せんせーはあいかわらずだなー」
「んん?あれ?」
呟く声に、返った言葉があった。
肩越しに振り返ると、少し視線を下げた所で青い瞳と目が合った。片方は髪で隠しているから何色かは見たことがないけれど、片方が澄んだ色なのはよく分かる。
「まだおったん?アテーナーはん」
「おーう。姫が魔法で送ってくれるって言ってたんだけどちょっと用事出来たとかで」
「あれま。そりゃ申し訳ないなあ」
「べーつにー」
すぐ終わるって言ってたし、とその言葉と共に扉が閉まる音がした。
そこにいたのはアテーナー・ジェイド。魔法石売りの少女だ。姿は年齢通りではないが。
今日の彼の患者―――お客人の一人だ。最近天候が不安定で風邪っぽいからと夕刻辺りに訪れていたのだが、診断も終わって処方箋などの手続きもして、もう帰ったと思っていたのだが、まだいたらしい。
四鬼丞がアテーナーの魔法石売り店の常連客であることから、彼女も時々ここへ訪れることがあるのだ。
ずかずかと遠慮なく四鬼丞の隣まで歩み寄ったアテーナーは、自分よりだいぶ背が高い彼を見上げる。その両腕には、溢れんばかりのチョコの山があった。
「……アテーナーはん、チョコの山欲しいーとか願ったりしたか?」
「当たりー。チョコうまー」
もぐもぐぱくぱく。チョコを食べるアテーナー。
既に願いごとを願い星の実に叶えて貰ったらしいアテーナーは、いつもの鉄仮面ぶりがほんの少し崩れているようだった。四鬼丞は微笑ましさに笑みながら思わずアテーナーの頭をそっとやさしく撫でる。
やさしいその手のひらに、アテーナーはぱちくりと目を瞬かせた。
「お願いが叶って良かったな」
「……何、この手」
「何ってアテーナーはんが素直なええ子で可愛いから。思わず。不快やったかな?」
「…………べっつに」
良かったわあ、と四鬼丞はにっこりと笑む。
ぷい、とそっけなく顔をそらしたアテーナーだったがその頬はかすかに赤く、どうやら悪い気はしていないらしい。あまり懐に入れている人間は多くはないアテーナーだが、彼と顔を合わせる内に、彼を突っぱねたところで意味がないと思ったようだ。
どう対応しても陽気な笑顔が返って来るのだから。
何の他意もなく頭を撫でてくれているのだと、今の彼女には分かっていたから。
チョコも嬉しいが、あまりこういうことをされ慣れていないアテーナーにはその手のぬくもりも嬉しくて、だけれど照れてしまって少しだけうつむいた。
そんなことは、四鬼丞には口が裂けても言えはしないけれど。
「それより、せんせーは本当に何も願いごとないんだねー」
「ないっていうか、あったけどもう叶ったっていうか。
それに、自分の願いは自分で叶えたいなって俺は思うからなあ。魔法と奇跡の世界ゆーても、それに頼り過ぎるのも俺の性には合わんし。自分で出来ることに越したことないわ」
「現実的だー」
「ははは。ま、何より俺の分も他の誰かの願いが叶えばええなあって」
本当に、せんせーって筋金入りのいい人すぎ。
自分の願いがあったっていいのにねー?とアテーナーは思う。
(とゆーかふつーもっとあるもんだろ)
一攫千金とか。世界征服とか。そういうのは行き過ぎかも知れないが、しかしながらそういう願いを持ってる人だって世の中広いからいそうだ。だがその中でこの医者先生はこの6年間、自分の為の願いなどしたことがなかった。
もっと、もっと……と普通なら思ってもいいものだろうに。
今アテーナーの目の前で、世にも綺麗な光景を眺める横顔は無欲で透き通っている。
とてもやわらかで満ち足りた笑顔。
(本当にこれだけで満足だってか)
アテーナーは何だかもにゃっとした。胸の真ん中辺りがもやもやとした不思議な感じ。納得いかなくて、むずむずするような。ここは折角魔法と奇跡の世界なのに、これまで6回も魔法で願いが叶う機会があったのに、この人は自分のことは何も願わない。
私はここに来て200と十数回叶えてもらえたのに、この世界の奇跡の一つをこの人はまだ知らない。
何だかなあ。
何か―――何かこう――――――
「なーんかイラッとすんなあー」
「はい?んっむぐううううううう!!!!!?」
「おらチョコ食えよチョコー」
「はっはにふってるおはへははふ!?」
四鬼丞は突然目の前で背伸びし、自分の口に巨大なチョコを突っ込んで来たアテーナーに驚いてもがいたがアテーナーはチョコを突っ込むのをやめない。
「ちょ、ふぐっ、ふぉっ、むぐぐぁっ」
「せんせー味わってるー?」
「えっ、あじわっ、ちょ、まっ」
ほらもっとだよーもっとー、と四鬼丞の口にチョコを突っ込みながらアテーナーは思った。
このせんせーのいつもの笑顔が続くのはきっといいことだけど、もっと幸せな笑顔だって見れるはずなのにムカつくー、いい子すぎんだよこのやろー、と。
それどころではなさそうな四鬼丞などそっちのけである。
「おすそ分けしてやるんだから君は私に感謝するべきだよー」
「ふぁ!?なんれほうはふほ!?」
何でそうなるんや!と叫びたいらしい四鬼丞を尻目に、アテーナーは満足げだった。
それが、ほんの少しの、【願いのおすそ分け】になったかも知れないから。
そんな2人の近く――――窓際に、知らず落ちて来ていた願い星の実が一つあった。
2人が気づかない内に実は地面に転げ落ちたから2人は気づかなかったが、もしかしたらこれまでの6年間も気づかなかっただけで、四鬼丞の傍にも落ちて来ていたのかも知れない。
『俺の分も他の誰かの願いが叶えばいい』。
四鬼丞はいつもそう思っているから。
それだって、ひとつの願いには代わりないのだから。
アテーナーの願いも、四鬼丞の願いも、魔法と奇跡の世界は叶えてくれたに違いない。
*** *** ***
こんにちは!こちらで更新するのは久々の白月光菜です。七夕から1日遅れになりましたが、Twitterの方でひよちゃん(翡夜鳥ちゃん)がUPしてくれた【願い星の木】ネタで短文を書かせて頂きました!(>ヮ<*)<他にも出来れば書けたら書きたいな~!
登場キャラはうちのフロシキせんせーこと武蔵野 四鬼丞とめかみさん宅のアテーナー・ジェイドちゃん。話題だけ出てる子も2人程。お借りしました!
みんなのお願いごとが叶えばいいなあ。
という気持ちでせんせーにシンクロしながら書きました。
特に何が起こるという訳でもないまったり短文が、白月は大好きなんだよな~^^
お星様の奇跡がマジクル民の全てのみんなに届きますように。
という訳で、今回はこれにて失礼します!
ここまで読んで下さり有り難う御座いました!m(_ _*)m
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