こんなはずじゃなかったんだ。
俺は戦(いくさ)なんか嫌いで。
だいきらいで。
だからこそ、医者になりたかった……はずなのに。
俺が生まれ育ったのは、戦国の時代だった。
小さな俺は「おぼろ丸」という名前(幼名)で、幼馴染みにはずっと「おーちゃん」って言われてて。元服(げんぷく)して大人になってから「四鬼丞(しきじょう)」なんて、ぼんやりした俺には似合わない名前をもらったけど、今でもこの名前になった実感なんてない。
「おーちゃん」って呼ばれるのが、いちばん、好きだった。
あの子と森や花畑でこっそり一緒に遊んで、「おーちゃん」って呼ばれている時だけは、楽しかった。
幼馴染みはどこの村から来た子かは知らなかったけど、貧しい農村の出身だって聞いた。
毎日ががんじがらめな生活で。
家族には安心出来る相手がひとりもいなくて。
あの子といられる時だけが、とても幸せだったんだ。
うっかり武家の長男として生まれてしまった俺は、医者になりたくても家族全員にダメだと言われて。いつだったかあきらめかけた時、幼馴染みが俺の手を取って言った。
「大丈夫だよ。おーちゃんはやさしいから、いつかいいお医者さんになれるよ」
「でも言っただろ?父上も母上も、ダメだって言うんだ。勉強もしたいけど、毎日毎日お家の為に強くなれだの何だの」
「おーちゃん、強いもんね」
「好きで強くなったんじゃないよ」
医者になるのに、武術が出来たって何の意味もないのに。いつも武術だの兵法だの何だの。お家を継ぐための争いも激しくて、うんざりだった。俺と家督(かとく)争いをしている母上の違う弟が、いつも俺を目の敵にしてくるんだ。俺には家を継ぐ気なんかなかったのに。
これだから、嫌なんだ、戦国の世なんて。
そう言うと、幼馴染みはとても悲しそうにした。
「まあいいって。いつもそうなんだ。きっと、俺には医者なんて無理なんだよ」
「無理じゃないよ。夢はいつか叶うんだよ!」
『夢はいつか叶うんだよ』。
それは、夢見がちな彼女の口癖だった。
自分の夢を否定し続ける俺が不満で仕方なかったのかな?幼馴染みは自分が首に巻いていた古びた布――――フロシキを取り出して、俺の首に巻いた。
あちこちほつれて、形もなってない、汚れて古ぼけたフロシキ。
「ミサンガさんに願かけしようよ、おーちゃん!「夢を叶えるためにこれをつけています」ってお願いするの!」
「ミサンガっていうかこれフロシキじゃん……しかもこれほつれそうなんですけど……」
「あたしんち貧乏だもん……これしかないんだもん……でもでも気持ちはいっぱいこもってるんだからね!!」
「えー……無理矢理感が凄ーい……」
「え?何か言った?」
「あ、何でもないハイ何でもないです!」
すごく、嬉しかった。
外しちゃダメだからね!なんて、無茶なこと言うから最初はちょっと不満だったけど、あれからあのフロシキは俺の宝物になった。
何より嬉しかったのは、明るく優しい彼女の心づかいだったよ。
『もしかしたら願いごと、叶うかな?』
その日から、少しだけそう思えるようになった。
15歳になってからしばらく経った頃――――ある時、何度目かの戦に出ることになって。
俺は、お家の主君からひとつの小さな隊を任せられて、ひとつの隊も任されることがなかった弟からまたすごい目で見られてた。
そんなに欲しいなら全部やるよ、って言ったら、バカにしているのか!と突っぱねられてしまったけど、それは本心だったのにな。
「こちらにはこちらの持ち場がありますので。このお歳で一部隊を任されるお強い兄上サマは、最前線にいらっしゃるのがよろしいかと」
「……分かったよ」
「医者を目指す軟弱なお考えが、命取りにならねばいいですがね?それでは、どうかご武運を。兄上サマ」
「そっちこそ。余裕こいて足元をすくわれるなよ」
日頃から何かと突っかかってくる弟。でもその時はいつもより突っかかってこなくて、何だか妙な笑い方してたから、変だとは思っていたんだ。
その日攻めたのは、主君の敵国だった。
激戦になって、敵も味方もその多くが命を散らしてゆくのを目の前で見た。
何とか生きのびて、またあの子に会いたいと、俺はただそれだけを想って戦っていたよ。
医者として多くを救いたいという想いがありながら、戦わなければいけないという板ばさみにたえながら。
だけど戦いは長引いて、そうすぐには終わってはくれなかった。
ある時主君がしびれを切らしたのか、見せしめのために―――と俺達の隊に近くの村々の虐殺を命じた。でも、主君から俺へその言伝を任された弟は、俺にウソをついた。
俺にあるがままを伝えても、例え主君の命であれそんなことをする訳がない、とあいつは分かっていたんだ。
主君の命にそむいたことで、俺は何らかの罰を受けていたかもしれないから、ある意味あいつは恩人かもしれない。
『あの村にあちらの隊がいます。今夜、闇にまぎれて奇襲するとのことです』
そう伝えられた俺は、先発隊を弟に任せて――――隊を連れて向かった先で残酷な光景を目の当たりにすることになる。
炎に包まれる村。
逃げまどい、自分が送り込んだ先発隊によって殺されてゆく人々。
俺と来た隊の者達もいつしかそれに混ざって、虐殺を始める。
悲鳴や剣やヨロイのしなる音にかき消されて、俺の「やめろ!!」と叫ぶ声は何度上げても届かなかった。
あいつが恩人だなんて、とんでもない。
俺が嫌がることばかり、あいつは、いつもいつも。
俺がこんなこと、したくないって分かってて、あいつは。
俺は、戦わないわけにもいかずまたその手を汚した。
だけど戦いの最中、俺は刀を手放した。ぼう然と、目の前にいる人を見て。
「…………おーちゃん?」
その呼び方をするのはこの世にたった一人だけ。だから、間違えようもない。
幼馴染みだった。
その村は、彼女が住む村だったんだ。
俺のせいで、今まさに滅ぼされようとしている村の、彼女はその村人の一人だったんだ。
「…………あ」
「……おーちゃん、どうして?」
困惑する幼馴染みの手を取って、俺は思わず走り出していた。
どうして。
こんなはずじゃなかったんだ。
でも彼女だけは、助けなきゃ。守らなきゃ。
そう思って俺は彼女の手を引いて走った。
自分たちが、吐く息がとても、あらあらしく耳に響いたのを覚えている。
混乱する村の中を駆け抜け、足は疲れてもつれて、立ち止まった先には深いガケがあった。
真下は、川だ。
せせらぎが、ガケの上にまで聞こえて来る……激しい急流の。
どっちへ行けばいいのか分からなくて、あわてて振り返った所には幼馴染みがいて、大丈夫だまだ彼女は生きてる……と、安心したところで俺はハッとした。
彼女の真後ろに、弟が立っていたからだ。
ニヤリと笑った弟は、彼女の背中に刀を振り下ろそうとして――――――――――
とっさに彼女の前に飛び出した俺は、右目を刀でかすめられてふらついた。
ふらついたスキに、ドンッと押されて……俺は幼馴染みごとガケから落ちた。
あいつの笑い声だけが、耳に木霊して―――――――
…………いつか、夢は叶うかな………?
大切な人の手を、離してしまったこの手でも。
多くを殺めたこの手でも。
……誰かを、助けられるようになるかな……?
*** *** ***
|ω・*)という訳で、こんばんは!白月光菜です!
こちら、ムサシノ・フロシキせんせー(武蔵野 四鬼丞)の過去のお話(ダイジェストver)でした!
短文&漫画でお届けします~^^
せんせーの出身世界(※戦国時代あたりの日本)の都合上、戦国時代ネタなものだから服装で泣きそうになったなんてここだけの話です!←
この数ヶ月後、せんせーはまた同じ国を攻めることになります。
幼馴染みを失くして、虐殺にまで加担したことでショックでずっと放心状態だったせんせーは幼馴染みが落ちていったガケの下の川を思って、戦の前夜に自分の家の庭の池をぼーっと眺めていました。戦う気力なんてあるわけもない。
その時、後ろから何者かに背中を押されて池に落ちて、気付いたらマジクル世界の癒しの小島で倒れていました。それが、今(企画本編時)から6年前のお話になります。
首に巻いているフロシキは、その時からの命よりも大切な宝物。
たび重なる水難事故にあいすぎて、水場は苦手&筋金入りのカナヅチになりました。あと、右だけ片眼鏡をしているのはこの時右目を怪我したせい。
なお、せんせーが生まれたのは今で言う関西ですが、少年時代は関西弁をきょう正されて標準語で話していました。マジクル世界に来てからは、のびのびと関西弁でしゃべってる。
(イラスト左:15歳の時のせんせー/イラスト右:幼馴染みちゃん)
ここまで読んで下さり有り難う御座いました!(敬礼)
あらためまして、フロシキせんせーをこれから先どうぞよろしくお願いします!
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